2011年4月25日 (月)

言葉で理解できるのは約半分

 人と話し合う時、その言葉で理解できるのは半分くらいである。
 残りの半分は、顔つきや目つき、態度でわかる。言ってることと考えていることは、違う。本人が気が付いていないこともあれば、うまく言葉では表現できていないことも、また本心ではないことを言っている場合もある。
 言葉と言葉でないものを等分に見比べて、そして話し合っていることの状況と彼の立場を比較して、本当はこうしてほしい、こうあってほしいと思っていることが何かを考えなければならない。

 こう言ったじゃない、というのは意味がない。
 心も言葉も、等分に嘘をつくのである。

 不思議なことだが、自分が失敗したり、苦境を経験したり、病気をしたりすると、そして自分の欲望や邪心をあるがままに直視して自然なものとして受け入れることができるようになったとき、人は強い。そして、他人の心の動きもよく見えるようになってくる。

できる人

 何人かである仕事をするのに、その内容なら大体2週間くらいでできるだろうとか、3ヶ月くらいはかかるんじゃないかというい話になる事がある。
 それから、誰かに何かを頼もうとその内容を説明し、今月中にやってもらえないかと言ったとき、今やらないといけないことがあるので、それが何時できるかは約束できないとか、今の仕事が何時何時までかかるので、それから取り掛かって2ヶ月くらいはかかります、というような答えが返ってくることもある。

 いずれももっともな答えではあるが、そういう仕事の仕方をする人が大した人ではない事も間違いがない。
その理由は、組織や人間や仕事というのは、いわば生ものなので、賞味期限がある。その期限を超えてしまうのなら、やらない方がマシなのである。もう少しやさしく言えば、遅くなっても良いような仕事ならば、する必要もないのである。
 だから、いつまでに、という問いかけはすべてに優先して考慮しなければならない。

 何かを頼まれて期限内にはできない、あるいは断るのであれば、今何々をやっているからという理由ではなく、その仕事には価値がないか、優先順位が低いのでやりません、と答えてくれた方がずっと良い。
 仕事の価値や優先順位ならば、話し合って結論を出すことができるが、そうではなくて、やるんだけれどもすぐにはできない、というのは単に言われたことをやるという精神しかなく、そんな人に頼んでも大した結果は期待できないのだ。
 生ものである仕事をやるには、今手を動かしている作業とは別に、これから起きるかも知れない新しい問題や可能性を常に考えていて、その場合どういう事をやらねばならないか考えをまとめておく、必要な情報を集めておくことが大切だ。日ごろからの準備があってはじめて、事が起きた時に即座に対応が可能となる。
できる人は例外なくそうである。

 こう言っても理解できない人が、平均的には9割くらいではあるが、残り1割くらいの人はわかってくれる。
そして実際に実行できる人は、そのまた1割くらいかな。

2010年8月 2日 (月)

死生観と無常

 昔、「約束の虹」に書いた、私なりのイエスの死と復活の物語を、今回読み返してみた。そこには、聖書の世界に触れた興奮で、何か新しい発見でもしたかの如くに熱を帯びた私の文章がある。
 今、改めて自分の眼で見ると、それは所詮周知の物語で、キリスト者にとっては基本的な世界観の一部のように思う、ただ、そういうコンセプシオンが世の中にはあるという事に触れる機会があったことは、私自身の人生の一つの収穫だった。

 それから7年ほどの歳月が過ぎた今、私にとって死はさらに現実味をもっている。

 今しきりに感じるのは、生老病死という、仏教でいうところの四苦が、人間にとって本当にユニバーサルな命題だということである。
 今日山折さんの言葉で深く残ったのは、死生観という言葉の不思議さ、つまり死の方が生の前に置かれている意味、そして死と生の間に老と病がなぜか抜けている事の不思議さである。

 老と病の問題は、ゴータマの生きた時代よりもはるかに、現代の、しかも日本の、高齢化や介護の問題として、深刻になっている。死を考える以上に、その前に老と病の問題を乗り越えないといけない現代の我々は、仏教の原始の時代よりはるかに難しい問題に直面している。

 しかし、根本の問題は変わらない。
 生きることが、そのまま来るべき死を引き受けることに直結している。そして、死というものが、人にとって「無」に帰すのではなく、死に向かって生きているという覚悟の表れが、日本人の死生観の根底にあるのだと思う。
 無常。形あるものは、いつか必ず壊れる、壊れるけれどもそれは決して無に帰したわけではない。無常を胸に秘めて、どのような生き方をしていくか、そこにその人の存在の意味がある、ということを、改めて今夜は感じる。

2010年7月31日 (土)

孫子の教え …大人だけに分かる機微

 さて、以上で孫子13篇を私なりに全部解釈し、少しコメントし、久々に精読し終わった。

 中国にはさまざまな兵書兵論があるが、内容的にも、論理の明快さから言っても、群を抜いてすぐれたものと評価が定まっている。
 孫子の作者は誰か、という問題については、史記の巻65で登場する、春秋時代に呉王に仕えた孫武という説と、その後100年程度のちにあらわれた戦国時代の斉の孫臏ではないかという説とがあったが、1971年山東省で発掘された木簡資料により、孫武こそ孫子の作者であると今では定説となっている。

 振り返って考えるに、
 孫子の論の柱の第一点は、まず兵論でありながら好戦的ではなく、戦争の重大性をよくわきまえて、熟慮し勝てる目算がなければ動くな、君主将軍の軽挙盲動を戒めていることがあげられる。
 二点目としては、その具体的な作戦立案に当たっては、非常に冷厳ともいえる現実主義にの立脚している点である。戦国の時代に生きていく者にとっての苛烈な情況が背景にあるのは間違いない。
 そして三点目は、敵と相対した時に、此方側が主導権を握ることを繰り返し力説していることである。人に致して人に致されず、というのは、けだし名言だと私は思う。

 あまり解説すると本文の繰り返しになるのでこれで止めるが、日本でも古くから永く読み継がれ、戦国の武将たちも、明治以降は政治家やビジネス界の野心家たちも、多くは孫子から学んでいる。
 中国古典では孔子、孟子が王道というか、もっとも正統の模範教義と言われる。それに比べてこの孫子や老子、それから韓非子などは異端視されがちである。
 しかし、虚心に読んで行った時、人生の真実をしみじみと深く感じさせるのは、私にとっては孫子であり、韓非子である。おそらく、私だけではなく、相当多くの人たち、それも人生の半ばを過ぎて、勝負の機微や人間の組織の無慈悲さを噛みしめることができるようになった大人にとっての良き教科書になる本だと思う。

孫子(用閒篇六) 明主賢将のみ能く上智を間者と為して、必ず大功を成す

 かつて、殷王朝の始まる時には、建国の功臣伊摯(いし)が間諜として夏(か)に潜入し、周王朝が始まるときには呂牙が殷に潜入したものである。聡明な君主や優れた将軍にしてはじめて、優れた知恵者を間諜として用いることができ、そして結果として偉大な功業をなしとげるのである。
 間諜こそ戦争の要であり、全軍がその情報に頼って行動するものである。

«孫子(用閒篇五) 敵間の来たって我を間するもの、因りてこれを利し、導きてこれを舎せしむ

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